西に向けて歩を進めている。ということがわかるのは、歩いている廊下を持つ建物の構造や窓の向きから推察したことである。この建物自体は知らない建物である。いや、そもそもどこを探してもこのような建物はないだろう。どの部屋の中身もまさに畜舎そのものであるが、そもそも本来そこは畜舎ではない。それが畜舎に変貌して現れたのは、自分にとってソコは畜舎に他ならなかったからである。なるほど、そこで行われていたことは確かに畜産じみていた。しかしながら、そこで飼いならせる家畜などこの世にはいない。否、そもそも自分がそこで観たものは相手を家畜と見下した労働人が、自分たちが家畜であるとも気がつかないまま、家畜と見下した相手との関係を築くのに失敗してヤケを起こし暴虐を繰り返す惨劇だけである。
たとえ夢でもため息がでる。つまらない連中さえいなければ、我々は平和だったろう。あの下劣な連中さえいなければ、自己満足のために自分たちの中の誰かを非難する必要もなかったし、快楽のために理不尽に弄ばれる誰かを見捨てる必要もなかっただろう。ここで他人を飼いならしているつもりだった連中は度し難いまでに醜悪だった。
その狼藉を自ら働き時に他人に強いた下劣な連中、犬畜生にも劣る彼らは俗に教師と呼ばれる異常者である
この構造物の全体像は、なんとなくではあっても察しがついている。というのも、この建物は、嫌な記憶の中から特に嫌なものにまつわる建物を二つ足したような構造をしているからだ。それは中学校と小学校である。二階に使われない正面玄関があること、一階には精神衛生をかえって悪くしそうな惨状だけを内包した水槽がたくさん並べられていること。これらは全て既知の特徴である。
最下層にある廊下を西に進むのは、どちらの建物であったとしてもそこには何もないはずだからである。これが夢だと気づいてなお明晰夢とはなっていない以上、自分には何の特権もない。
「保健室は怠慢から生徒を拒否し、その扉は常に閉ざされていた」という記憶が呼び起こされれば、廊下に並ぶあらゆる戸は拒絶するように閉ざされた。
「空き教室は内申点と引き換えの淫行の場として使われていた」という記憶が呼び起こされれば、あらゆる戸は異様な気配を内から滲み出させ秘密の存在を誇示しはじめた。
あぁ、気持ち悪い
この建物だけなら大凡悪夢にはならないだろうと思っていた。しかしそれは楽観だったらしい。これは十分悪夢のカテゴリに入るだろう。なるほど確かに嫌な記憶にまつわる建物は嫌な記憶を呼び覚ます。それが逐一反映されるこれはかなりひどい悪夢だ。面倒なのはこれが目が覚めてからも気分を持ち越すタイプの悪夢だという点だ。
あぁ、気持ち悪い
コレだから大っ嫌いなのだ。嫌な記憶は嫌な記憶を呼び起こす。それが反映され、次の記憶を呼び起こす。それがまた反映され次の記憶を。
連鎖は終わりそうになどない。学び舎で暴虐を尽くしていたあの下種ら、今も狼藉を繰り返し続けているであろうあの人面獣心で犬畜生にも劣る下郎どもは一体どの面を下げて己を聖職者であるなどと騙れるのか。反吐が出る。



